詩人はねむらない・三上その子の「し」的舞台評
2004年 1〜11月号


第5回
【 抱きしめる。キス。想像してね? 】
ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団「過去と現在と未来の子供たちのために」’04・1月号

心の特定の場所が、不思議な箸でつまみあげられるのを感じる(何とも言いがたいこの気持ちを知っている!)。ピナは支配しない。問いかけ、見つめ、並べてゆく。彼女に見えた「人間」を。・・(略)・・私はただ感動する。この比類なき「人間」の観察研究家(フィールド・ワーカー)に。

第6回
【 神様ありがとう! 】
劇団フライングステージ「PRESENT」 ’04・2月号

人どうしが認め合い共鳴しあうためのヒントを秘めたフライングステージの芝居は観客がステージを「見上げる」ことなく、対等に楽しめる。まるで、彼らが、ゲイだけでなく、演劇までも「解放」しているかのように。

第7回
【「キタさん・・・」「なんだよ」 「カッコイイ!」】

少年王者館 KUDAN・Project「真夜中の弥次さん喜多さん」’04・3月号
役者は旅に出て旅をせず、観客は見に来たのに見に行き、芝居は終わったのに始まっている。無限のループ。その中を、人は誰でもあっちからこっちへと命を尽くして生きてゆく。カッコイイことではないか。

第8回
【 農夫は畑のことを何もしません 】
とりのマーク(通称)
「なにもしない農夫」’04・4月号

なにもしないことで、竜=既成の演劇、を退治してしまう、とりの作風をふと思う。・・(略)・・自由な表現、ということを考えるとき、これからもこの劇団のみずみずしいありようは、まっさきに頭に浮かんでくる予感がする

第9回
【 みんな一度は冒険に

即興劇団まねきねこ☆「Re-Birth」’04・5月号

単純な発想を、打てばひびくチームワークで増幅させてゆく。まさに、波紋が広がるように。・・(略)・・現実世界がもとめてやまない調和への意志が、インプロの舞台にはある

第10回
【 書かなくては、書かなくてはね 】
こまつ座「太鼓たたいて笛ふいて」’04・6月号

何をなしたいか、心身に刻まれて初めて、作家は作家になるのではないだろうか・・(略)・・。国家の鼓舞する物語は、つねにひとの心の弱さに寄生する。詩人のはしくれとして、聡く健康なアウトサイダーでいたいと思う。

第11回
【 バナナの気持ちになってみろ 】
劇団♪ダンダンブエノ
「バナナがすきな人」’04・7月号
背景のちがう役者たちが、それぞれに作品世界を愛しているのが伝わってくる・・(略)・・バナナに気持ちがあるならば、それはきっと、正統派の秘めた気迫といったものだろう。そんな、俳優それぞれの気骨を、風通しの良い喜劇で余すところなく引き出したダンダンブエノ。

第12回
【 やり残したことがある。それをやらしてもらうぞ 】
劇団 井手食堂
「パック」〜夏の夜の夢から’04・8月号

観客は巻きこまれながら、同時に、もてなされている。人は敏感なもので、大切にされれば、心を開く。・・(略)・・人との対等な交流もアート=技である。芸術の定義は、もっと広くとっていい、と、この劇団を見ていると、思えてくる

第13回
【 たくさん幸せを、もらったから 】
コットン・クラブ・プロデュ-ス「奪うこと」― やさしいワル巧みが、はじまる ―’04・9月号

演技力と誠実とをあわせ持つ大人の役者たちが、演劇という遥かな湖に身を投げ出す姿は、潔く、りりしかった。・・(略)・・「奪うこと」を舞台に乗せたコットン・クラブ・プロデュースの創り手たちは「与えること」のプロであった

第14回
【 おんわたし、という言葉があります。この島には 】
演劇ユニットSPIRAL MOON
「おんわたし」’04・10月号

生きてゆくことの知恵に、しっかりと寄り添っている作品と、出会った。・・(略)・・なんていい言葉だろう、と感心した。まず「おんわたし」という響きがいい。・・(略)・・造語なのだという。だが観客の記憶には、確かにこの島にまつわる未来のアルバムが残された。

第15回
【 セカイノバランス 】
いいむろなおきマイムカンパニーアンバランス ― unbalance ― 」’04・11月号

大まじめでバランスをとろうとしている人間たち。あれか、これか、あれではないなら、これなのか、でもないなら、やはりこちらか。「考える体」の愉快さ。・・(略)・・優れたマイム俳優は体ひとつ、指先ひとつで、こうした思
の旅に人を誘うことができる。

2005年〜